次の日、のぼるは一日中、
昨日話したふしぎなありんこのことを考えていました。
とうとう夕方になり、空が赤むらさき色になったので、
のぼるはおそるおそる、うら山の入り口へ行ってみました。
すると、あのりっぱなありの巣があったところに、
子どもが入れるぐらいの大きな穴が、ぽっかりと開いているではありませんか。
「あれ?穴が大きくなってる。」
「ぼっちゃん!」
すると穴の中から、シルクハットをかぶった昨日のありんこが、
ひょこっと顔を出しました。
「来てくだすったんですね。」
「夢じゃなかったんだ!」
「もちろんですよ。さあどうぞ、おはいりなさい。
わたしのお城へご招待いたします。」
とアリバート博士は、のぼるを穴の中へ手まねきしました。
おそるおそる足を入れていくと、すぐに体がストンっと落ち、
のぼるはヒャッと声をあげました。
ですが、1メートルくらい下にはもう地面があり、
のぼるはまっくらな穴の中に立っていました。
「博士、どこ?くらくて見えないよ。」
「ぼっちゃん、こっちですよ。」
コツンとステッキの音がして、
壁についたランプに灯がともると、
奥までずうっとつながった、赤いじゅうたんの廊下が見えました。
「すごい!本当のお城みたい!」
「ささ、奥へ。」
土をほった廊下はとてもきれいで、
ところどころにごうかなありの絵がかざってありました。
「博士、これは、だあれ?」
「あたくしの父です。父のアリバート一世。
つよくてたのもしい父でした。」
「ふうん、とっても、やさしそうだね。あ、これは?」
と、のぼるは、冠をかぶった美しい羽のあるありの絵を指さしました。
「母のアリザベスです。
とてもやさしく、たくさんの子どもを産みました。」
「とっても、きれいなお母さんだね。じゃあ、これは?」
最後に、眼鏡をかけたおじいさんのありの絵をさして聞きました。
「師匠のアリストテレスです。
自分で考えることを教わりました。」
へえーと言いながら、のぼるはなんだか楽しくなってきました。
「さ、つきましたよ、ぼっちゃん。おはいりなさい!」
廊下を抜けると、そこは大きくて明るい広間になっていました。
広間にはうさぎやきつね、いたち、リス、
きれいな小鳥や虫たちががやがやと集まって、
みんな楽しそうにお茶をのみ、おしゃべりをしていました。
そして博士を見つけると、
だれもがうれしそうに「ごきげんよう!」と言いました。
「さ、ぼっちゃんにもお茶をお持ちしますよ。
ぼっちゃんのおしりに、ぴったりのソファーをえらんでください。」
広間には色とりどりのソファーが、ところせましとおかれていました。
どれもこれもみな大きさがちがい、
のぼるが見たこともないような、きみょうな形のものもありました。
どうやらここでは、
大きいものは大きいいすに、小さいものは小さいいすに、
長いものもふわふわなものも、6本足も100本足も、
みな自分にぴったりの形のソファーを
しつらえてもらっているようでした。
たとえばアライグマには、水をはった手おけのついたひじかけをつけて、
ハリネズミには、ツンツンした針でもやぶれない鉄のせもたれをつけて、
といった具合です。
のぼるがどれにすわろうか迷っていると、
アリバート博士が言いました。
「なに、かんたんですよ。気持ちがいいものをえらべばいいんです。」
のぼるは「わかった。」と言って、広間を見わたしました。
するとすぐに壁ぎわにおいてある、
小さいけれどもすばらしい緑色のソファーが目にとまりました。
腰をかけてみると思った通り、のぼるのおしりがすっぽりとおさまり、
どっこも苦しくありませんでした。
「博士、ぼくこれにする。ここはまちがいなく僕の席だ。」
アリバート博士はにこにこして、うなづきました。
するとそこへ、リボンをつけたかわいらしいありんこが、
お茶と果物ののったワゴンを押してやってきました。
「こんにちは、のぼるさん。お茶係のアリスです。
おなかはすいていませんか?」
のぼるは、きょうはおやつを食べていなかったことを思い出しました。
「ありがとう、アリス、いただきます。」
すると、また博士が言いました。
「いちばん好きだと思えるものを、ひとつだけえらんでごらんなさい。」
のぼるはおなかがすいていたので、
本当はあれもこれも食べてみたかったのですが、
博士にそう言われたので、
赤や黄、オレンジ色の果物たちをじっくりと見くらべて、
水分がたっぷりふくまれていそうな、
こい赤色の実をひとつ選びました。
パクっとかぶりつくと、あまい汁が口の中いっぱいにひろがって、
体中がみたされるようでした。
「もうひとつ、めしあがりますか?」
「ううん、だいじょうぶ。
もうこれひとつで、おなかがいっぱいになっちゃった。」
すると博士はクスッと笑って、
「ほんとうにほしいものは、ほんのちょっぴりなのかもしれませんね。」
と、言いました。
のぼるがすっかりまんぞくして、
みどり色のソファーによりかかっていると、広間の一番奥に、
だれも使っていない大きな大きなソファーがあることに気づきました。
「博士、あれはだれの席?」
と、のぼるが聞きました。
「あれは、あたくしの親友のものです。
ぼっちゃんにも、ご紹介できるといいのですけど。」
ほっほっほと、アリバート博士はしあわせそうにわらって、
蝶ネクタイをついついとなでました。
「さ、ぼっちゃん。ここから上へとまいりましょう。」
そう言ってアリバート博士は、
広間のはじにある土をけずってできた階段へ、のぼるを案内しました。
「博士、ここにはいろんな生きものたちが来るんだね。」
階段をのぼりながら、のぼるが聞きました。
「そうです。あたくしは、この山のすべての生きものが、
一緒にくらせる城を作りたかったのです。
そしていつの日か、にんげんの子どもさんにも来てもらいたかった。
そしてそして今日、ぼっちゃんが来てくだすった。
またひとつ、夢がかなったんです!」
と、博士は小さなむねをふくふくとさせて、言いました。
階段のとちゅうには、みんながくらすたくさんの部屋がありました。
うさぎにはやわらかい草をしきつめた部屋、
りすには木の実をためこむくぼみのついた部屋、
小鳥にはとまり木だけでしたが、
おしゃべりにも昼寝にもじゅうぶんのようでした。
階段の真ん中くらいまで来ると、
大きな草のベットとおやつがたくさん置いてある、
とくべつに広い部屋がありました。
「うわあ、ここは一番大きいね。だれの部屋なの?」
と、のぼるがきいたしゅんかんでした。
部屋の奥の大きな扉がごそっと動いて、
外の光がサアーッと差し込んだかと思うと、
山のように大きなくまがのっそりと入ってきました。
「キャッ、くまだ!」
と、のぼるはさけんで、
小さなアリバート博士の後ろにかくれました。
くまは、ちらっとのぼるを見て、
ビリビリとひびくような声で博士に言いました。
「おう、博士。おどいたな、こら、にんげんの子じゃないか!
また夢がかなったってことだな!」
「そうなんだよ!ありがとう!」
そう言って、大きなくまと小さなアリバート博士は、
よいしょと手を伸ばしあって握手をしました。
「ぼっちゃん、こちらはあたくしの人生の友、くまの大吉です。
彼がいなければ、この城は完成しなかったんです。」
大吉はビリビリした声で、まいったなとはずかしがりました。
どうやら広間の一番大きなソファーは、彼のもののようでした。
「すると、おれの夢のかなう日も、近いかもな。」
大吉が言いました。
「おれの夢は、にんげんの友だちをたくさん作ることなんだ。」
「大吉はこわがられてしまうけれど、
ほんとうはとても陽気でロマンチストなんですよ。
こんどはぼっちゃんのお友達も、ぜひご招待したいです。」
と、アリバート博士がつけたしました。
大吉は茶色い顔を赤くしてはずかしがった後に、のぼるに聞きました。
「子どもさんは、なにか夢があるのかい?」
「え…。」
のぼるは、なぜかすぐにこたえられませんでした。
するとアリバート博士が間に入って、たのしげにこう言いました。
「さ、ぼっちゃん。いちばん上にある、あたくしの研究室へご案内しますよ。」
階段をのぼりきると…
→「創作童話7 ありんこアリバート博士が城をたてた話 後編」に続く。