とある、どこにでもあるような山の中腹に、とくになんでもない小さな野原がありました。
その野原の奥にはひとつ穴があり、
そこには、小さくてももいろの、なんでもないうさぎが1匹住んでいました。
うさぎはいつも野原の切り株に、自分で焼いたケーキとお茶を持ち出して、
誰に声をかけるでもなく、ただ誰かが話しに来るのを待っていました。
今日はくるみのケーキを焼きました。
すると、こんがりしたくるみのにおいにつられて、りすがちょろちょろとやってきました。
「こんにちは。おいしそうなケーキですね。」
「おひとつどうぞ。」
りすはくるみのケーキをぽくぽくと食べながら、こんなことを言いました。
「もうすぐ強い風の季節でしょう。おうちがこわれないか心配なんですよ。
それに、私はこんなに体が小さいから、風が強いと怖くてごはんも探しに行けなくなるし。」
するとうさぎが、お茶を飲んでふわふわしながら言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
それを聞いてりすは、満足そうに帰っていきました。
いつもこんな調子なので、この小さなももいろのうさぎは、
「だいじょうぶうさぎ」と呼ばれていました。
そして、強い風の日の次の日、うさぎがまたお茶の準備をしていると、
この間のりすがやってきて言いました。
「なんだか、おうちはだいじょうぶだったんです。」
「そう、それはよかった。」
「ついでに、風で木の実が落ちて、たくさんごはんが手に入ったのです。」
と言って、両手にいっぱいの木の実を、うさぎにわけてあげました。
「では、今日はこの木の実でケーキを作りましょう。」
2人で木の実のケーキをぽくぽく食べておりますと、においにつられてハリネズミがやってきました。
「こんにちは。おいしそうなケーキですね。」
「おひとつどうぞ。」
ハリネズミは木の実のケーキをぽくぽく食べながら、こんなことを言いました。
「私の背中はこんなにちくちくでしょう。だから寄りそえるお友達ができないのです。」
すると、うさぎとりすはお茶を飲んでふわふわしながら言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
ハリネズミは満足そうに帰っていきました。
それから3回、日が昇って降りたころ、
うさぎとりすが山ぶどうのケーキを焼いておりますと、
ハリネズミがやってきて言いました。
「お友達ができたんです。もうすぐここへやってきます。」
「そう、それはよかった。」
ケーキを4人分切り分け、お茶が4杯入ったころ、こんにちはという声がして、
りっぱなこうらのカメがやってきました。
「私のお友達です。こうらが固いので、私の背中の針が痛くないのですって。」
と言って、2人はうれしそうに寄り添いました。
4人で仲良くお茶をしていると、
10羽ほどの白い渡り鳥の家族がやってきて、口々に言いました。
「とってもおいしそうなケーキですね。」
「おいしそうだ。」
「おいしそうだね。」
「みなさん、おひとつずつどうぞ。」
渡り鳥たちは山ぶどうのケーキをチクチク食べながらこんなことを言いました。
「もうそろそろ南へ渡らないといけないのですが、この子が飛ぶのが苦手でして、
無事にたどり着けるか心配なのです。」
すると、うさぎとりすとハリネズミとカメは、お茶を飲んでふわふわしながら言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
渡り鳥たちは、満足そうに飛び立って行きました。
そして、寒い冬が終わるころ、
渡り鳥たちはなんでもない野原に帰ってきました。
野原は山の動物でいっぱいになっており、
うさぎはうれしそうにせっせとケーキを配っていました。
そして、野原の手前にある看板には、
「だいじょうぶうさぎの庭」と書いてありました。
「うさぎさん、南から無事に帰ってこれましたよ。」
「それはよかったです!」
渡り鳥達は、おみやげの南の果物を、持ちきれないほどうさぎにあげました。
「これでたくさんケーキを作りましょう!」
みんなで南の果物がたっぷりとのったケーキを、
おいしいおいしいとほおばっていますと、
そこへきつねがやってきて言いました。
「なにをしているのですか?」
「みんなで、南の果物のケーキを食べています。おひとつどうぞ。」
うさぎはそう言って、一番大きな果物ののっているひと切れを、きつねに渡してあげました。
「ありがとうございます。」
と言ったものの、きつねはケーキを食べないまま、少しみんなを見まわして言いました。
「でも、みなさん、だいじょうぶですか?これから大雨が降るらしいですよ。
そろそろ帰らないと。」
みんなはお茶を飲みながら言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
それを聞いたきつねは、さらに正しいことを言いました。
「そんなことを言って。
もし雨が続いたらごはんが取れなくなって、
みんなひもじい思いをしてしまいますよ。
今から準備しておかないと、たいへんなことになりますから。」
きつねの言葉に、そばにいた何匹かの動物達は少し顔が曇って、
ケーキが食べられなくなってしまいました。
その時また、うさぎがお茶を飲んでふわふわしながら、のんびりと言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
きつねはそうですかと言って帰っていきました。
うさぎはきつねを見送りながら、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
と、もう一度言いました。
その夜は、確かに見たこともないような大雨になりました。
動物たちは、残ったケーキをみんなで分け合って、おうちで食べていました。
すると、
「たすけてー!!」
さっきのきつねの声でした。
動物たちが急いで見に行くと、
雨で川があふれて、キツネの家が流されてしまっていました。
きつねは川に落ちて、流されないように大きな木にしがみついていました。
そして、うさぎ達を見て言いました。
「だから言ったじゃないか!」
「だいじょうぶ!だいじょうぶ!」
みんなが言いました。
まず、りすが枝を伝って飛び移り、長いつるをきつねに持たせました。
そして動物たちみんなで引っ張って、きつねを陸地に引き上げました。
クマはびっしょりとぬれたきつねを背中に乗せ、
空いているほら穴に連れて行き、きつねの新しい家にしました。
渡り鳥の家族はみんなで羽ばたいて、きつねをふわふわに乾かしました。
うさぎは温かいお茶を入れ、残っていた果物のケーキをひとつのこらず持ってきてあげました。
きつねは温かいお茶を飲み、みんなに囲まれて、ようやく言いました。
「ありがとう。だいじょうぶだった。」
それからきつねは、だいじょうぶうさぎの庭の仲間になりました。
それから、だいじょうぶうさぎの庭の仲間は、
「だいじょうぶ」を自分の家に持って帰りました。
そして、家族や友達に、「だいじょうぶ」をわけてあげました。
うさぎの「だいじょうぶ」はその後もどんどん広がり、
だいじょうぶうさぎの庭はやがて山になり、だいじょうぶの山は町に広がり、
だいじょうぶの町はだいじょうぶの国になり、やがてだいじょうぶは海を越え、
そしてとうとう世界は「だいじょうぶの星」になりました。
だいじょうぶの星では、みんなが大好きなケーキを食べて、ふわふわと笑っています。
みんなが笑って、
ももいろのなんでもないうさぎは、なんだかとってもうれしくて、
今日もあの庭で、おいしいケーキを焼いているのです。
おわり