とある、日当たりの良い山のまん中あたりに、
100種類もの花の咲く、広い野原がありました。
春がやってくると、野原は赤やだいだい、青やむらさきと、
色とりどりの花でいっぱいになり、まったく美しい景色となりました。
ある時、一本の若い花が言いました。
「この中で、いちばん美しい花を決めようよ。」
花たちは大よろこびで、わいわいと相談をはじめました。
「わたしのあざやかな黄色が、いちばん美しいわ。」
と、菜の花が言いました。
「こんなにも美しい青色は、だれにも出せないでしょう。」
と、ネモフィラが言いました。
「優美で品のよいフリルをつけているのは、わたしだけよ。」
と、なでしこが言いました。
花たちが三日三晩、相談をした結果、
野原でいちばん美しい花は、バラに決まりました。
ごうかな赤い花びらを何枚もつけて、太い体でたたずむバラは、
まるで女王さまのように見えました。
バラのとなりにいた細くて白い花は、「すてきね。」とほほえんで言いました。
その白い花は、バラの半分ほどの背丈しかありませんでした。
くきも葉っぱも針金のように細く、今にも折れてしまいそうでした。
白い花は、りっぱなバラのかげになり、
太陽が十分に当たらなかったからです。
その白い花はバラを見て、「本当に美しいわ。」ともう一度言いました。
夏になると、今度はだれかが、
「いちばんりっぱな花をえらぼうよ。」
と言い出しました。
「わたしのからだの大きさを見てください。」
と、アジサイが言いました。
「こんなに高くのびる花が、ほかにありますか?」
と、タチアオイが言いました。
「わたしは、みなさんに時間を告げて、お役に立てます。」
と、トケイソウが言いました。
キキョウが白い花に、
「あなたは?」
と、聞きました。
すると白い花は、針金のような葉っぱを風になびかせながら、
「わたしはこんなに細いから。」とだけ、言いました。
また花たちが三日三晩、相談をした結果、
野原でいちばんりっぱな花は、ヒマワリに決まりました。
ヒマワリのからだは太くどっしりとしていて、だれもかないませんでした。
白い花はヒマワリに、「ほんとうにりっぱよ。」と、言いましたが、
その声は小さくかすれていました。
白い花の細い根っこは、ヒマワリの太い根っこにおしやられ、
十分に土から水が吸えなかったからです。
白い花は、あつい太陽を浴びながら、
「わたしの小さなからだに、十分なだけの水はあるからだいじょうぶよ。」と、
わらって言うのでした。
秋になると、山はあちこちで赤や黄に色づき始めました。
野原にもたくさんの実がなり、花たちはみな、とても幸せな気持ちでした。
そんなある時、野原はふいに大風と大雨におそわれました。
秋の大雨は長く、大風は花たちをぐいぐいとふりまわしました。
花たちはいく日もいく日も、歯を食いしばってこらえました。
やがて、あたたかい太陽が顔を出すと、
野原の上には、世界の果てまで続くような青空が広がりました。
花たちは口々に、
「ひどい雨だったねえ。」
「こわい風だった。」
と、話しあいました。
細くて白い花はというと、大風で枝が1本おれてしまい、
まん中からぷらんとたれさがっているのでした。
リンドウが心配そうに、
「だいじょうぶ?」
と聞くと、白い花は「まだ、くきがあるからだいじょうぶよ。」と、
ほほえんで言うのでした。
秋が終わるころ、花たちは、
「今度は、野原でいちばん強い花を決めようよ。」
と、言いはじめました。
「わたしの太いくきは、先の大風でもびくともしませんでした。」
と、キクが言いました。
「わたしには、どこででも咲けるたくましさがあります。」
と、マリーゴールドが言いました。
パンジーが白い花に、
「あなたは?」
と、聞きました。
すると白い花は少しつかれたように、
「わたしの葉は折れて、根っこも水を吸い上げられないの。
だからわたしにはむりよ。」と、言いました。
そんな話し合いをしている内に、寒い季節がやってきました。
いつしか、冷たい風が吹きはじめ、
花たちは少しずつ弱々しくなってゆきました。
1本、また1本と、花たちは枯れはじめました。
そして、まっ白で静かな雪が野原をおおうと、
もう誰の声も聞こえなくなりました。
やがて、長い長い冬が終わり、雪は少しずつとけてゆきました。
花たちは枯れはて、美しかったバラも、りっぱだったヒマワリも、
寒さにまけて、黒く茶色くたたずんでいました。
その時、食べ物をさがして飛んできた鳥たちが、野原を見ておどろきました。
「おや、ごらん。こんなに荒れた野原に、1本だけ花が咲いているよ。」
枯れはてた野原の中に、たった1本だけ咲いていたのは、
あの細くて白い花でした。
枝はいく本も折れ、しおれていましたが、
花はしっかりと空を向き、太陽の光を細いからだいっぱいに受けて、
立っていました。
白い花は、太陽がわずかでも栄養に変えるすべを知っていました。
水が吸えなくても、少しの水で持ちこたえるすべを知っていました。
だから、生き残ることができたのです。
あたたかい春がやってくると、
白い花のまわりには、小さな白い花の芽がいくつも顔を出しました。
細くて白い花は、細くて白い家族を作り、野原で幸せにくらしました。
おしまい