創作童話7 「ありんこアリバート博士が 城をたてた話」  前編

童話

のぼるは、クラスの中で、おとなしい方の子です。
お昼休み、運動のとくいな子たちが、
サッカーやドッジボールをしてかけまわっている時、
のぼるだけは、いつも校庭のすみでひとりしゃがんで、
ずっと地面を見ています。
のぼるが夢中になっているもの、それは…、

ありんこです。

のぼるは、ありんこたちが一生けん命にはたらいているのを見るのが、
大好きです。
小さな体のありんこたちは、自分より何倍も大きな食べものを、
みんなで力をあわせて持って帰ります。
仲間どうしで、頭をつんつんとあわせて、
何かを話しあっているようです。

「鉄棒の下に、子どもが給食ののこりのぶどうパンを落としたぞ!
至急、急行せよ!」
「ラジャー!」

のぼるには、ありんこたちのそんな会話が聞こえてくるようでした。
地面いっぱいに広がるありんこたちの気持ちは、
ひとつにつながっているようで、
のぼるはなんだかとってもきれいだと思うのです。

のぼるはありんこを見ると、時間を忘れてしまいます。
いつも始業のチャイムでようやく気づき、
校庭のすみから急いで教室に走ってゆくのでした。


そんなのぼるの家は、
町はずれの山の手前にある、団地の5階です。
ベランダ側は、すぐうら山の森になっていて、
その山のてっぺんは、
5階ののぼるの部屋とちょうど同じくらいの高さでした。
のぼるは、団地のうらのかこいが、
少しこわれているのを知っていたので、
よくそこから森に入って遊んでいました。

一番のお気にいりは、
やっぱり森の入り口にある、りっぱなありの巣でした。
穴はすばらしく大きく、
ありたちの体は見たことがないほどがっしりとしていました。

のぼるは学校が終わると一度家に帰り、
おやつのドーナツやクッキーを持って、
うらのありの巣へ向かいます。
そしてまずはひとかけらあまいおかしをおすそわけをして、
ありんこたちをながめるのでした。

やがて空が赤むらさき色になって、
日が落ちそうになるとタイムリミット。
おかあさんが心配するので、ようやく家へと帰ります。
のぼるは毎日、そんなふうにすごしていました。

その日も、晩ごはんの後に、おかあさんが言いました。

「のぼる、アリばっかり見ていないで、
今日はちゃんと宿題やりなさいよ。」
「…うん。わかっているよう、おかあさん。」

のぼるはハンバーグをほおばりながら、もごもごと言いました。
ごはんのあと、部屋にもどったのぼるは、
ランドセルから宿題の算数のプリントを出そうとしました。
すると、今日、図書室でかりてきた
「ありの巣・大研究!」の本が目に入りました。

「…最初の方だけ読んで、やめればいいよね。」

のぼるはひとりでそう言って、本を開いてしまいます。
この本を読むのはもう5回目なのですが、
のぼるはすぐにすばらしいありの巣の仕組みに夢中になりました。
そしていつも、そのままねむってしまうのです。  

次の日、のぼるはやっぱり宿題をわすれて、
先生に怒られてしまいました。

「のぼるくんは、宿題をわすれることが多いですね。
このことは連絡帳でおかあさんにお伝えしますよ。
いいですか?」
「…はい、先生。」

おかあさんが毎日ガミガミと言うのは、
こんな理由があるからなのです。

その日の放課後、
のぼるはまたひとりで校庭のありを見ていました。
するとそこへ、運動のとくいなクラスのボスと、
その仲間がやってきて言いました。

「おい、のぼる。今日も先生に怒られてたな。
運動もできなくて、いっつもひとりでアリばっかり見てさ、
へんなやつ。ハハハハハ。」

のぼるは、びっくりしてしまいました。
いったいなぜそんなことを言われるのか、ぜんぜんわかりません。
のぼるは口をつぐんだまま、
じっと下をむいてボスと仲間たちの笑い声をきいていました。

ボスたちがいなくなっても、
のぼるはすこしの間、同じところにすわっていました。
そしてしばらくしてから立ちあがりましたが、
家には帰らず、ランドセルのまま団地のうら山へ向かいました。
のぼるは例の大きなありの巣の横にすわると、

「ごめんね。きょうは、給食ののこりのパンなんだ。」

と言って、少しかわいてしまった食パンを、
ちぎってありんこたちにあげました。
そして、空が赤むらさき色になると立ちあがり、
のろのろと家へと帰りました。

その時です。

あのりっぱなありの巣から、
中でもとびきりりっぱな、つやつやしたありんこが顔を出して、
まるでのぼるのうしろすがたを見ているようなのでした。


その夜のこと。
のぼるがベッドに入ってすこししたころ、
窓がコツンとなりました。
のぼるが「気のせいだ。」と思って目をつぶると、
またコツンとなりました。
のぼるは、「鳥でもとまっているのかな?」とおきあがって、
おそるおそる窓を開けてみました。
するとそこに、シルクハットをかぶってステッキを持った、
小鳥ぐらいの大きさのありんこが立っているではありませんか。

「ああ、気づいていただけた。良かった!」
「え!?きみは!?だれ!?」

のぼるは、びっくりぎょうてんしてききました。
そのありんこは、首もとにつけたえんじ色の蝶ネクタイを、
じまんのようについついとなでながら、
ペコリと気どっておじぎをして言いました。

「いやはや、ぼっちゃん!
ずいぶん高いところにお住まいですね。
さすがのあたくしも息がきれてしまいましたよ。ほっほっほ。」
「ありが…、しゃべってる!」

そのおかしなありんこは、
しあわせそうにのぼるを見あげて言いました。

「ぼっちゃん、いつもおいしいおかしをちょうだいして、あたくし感謝のしようもございません。いただいておいてなんなのですが、あたくしは給食の食パンよりも、あまくてふわっとしたドーナッツやクッキーなんかのほうが舌にあいますので、これからもどうぞよろしくおねがいいたします。これ名刺です。」

と言って、きれいな枯葉をさしだしました。
その枯葉には木のミツで、

【アリバート博士】

と、書いてありました。

「アリバート博士?きみ、博士なの?」
「はい。夢をかなえる研究をしています。」
「夢?」

のぼるは、これが夢なんじゃないかしらと思いました。

「ぼっちゃんが、なにかお困りなんじゃないかと思いまして。」
「え…。」
「ほら、きょう、お会いした時、
とってもおかなしそうでいらしたから。」

と言って、博士はにっこりとわらいました。
のぼるは、すこしためらってから言いました。

「…うん。ぼく、きみたちを見ているのはとってもしあわせなのに、
みんながばかにしたりおこったりするんだ。
なぜなのかわからなくて。」

ふむと、アリバート博士はひとつ息をはいて、
4本の腕をそれぞれ組みました。
そして、2組の手をいっしょにぽんとうつと、こう言いました。

「ぼっちゃん、明日の夕方、空が赤むらさき色になるころ、
うら山の入り口で待ちあわせしましょう。
明日はなんにもしんぱいしないで、学校へお行きなさい。
そうと決まれば、では、また明日。」

と言って、そのふしぎなありんこは、
団地のかべを、えっちらおっちらとつたっておりてゆきました。

のぼるはひとりになって、ほっぺたをつねってみましたが、
どうやら夢ではないようです。

「ぼく、ありが好きすぎて、おかしくなっちゃったのかしら?」

と、のぼるは思いました。次の日…

 →「創作童話7 ありんこアリバート博士が城をたてた話 中編」へ続く。