はじめそのオルゴールは、
他のオルゴールたちと一緒にお店に並んでいました。
赤や黄色の四角い箱が並ぶ中、
そのオルゴールだけはピンクのハート形で、
とびきりきれいな音色を奏でました。
とある紳士が、
「これはいい。」
と言ってオルゴールを手に取りました。
オルゴールは大切に箱に入れられ、
きれいなリボンをかけられました。
次に箱の蓋が開いたとき、
オルゴールの前には10歳くらいの女の子がいました。
女の子はキラキラと目を輝かせて、
大切そうにオルゴールを手の中に包みました。
オルゴールは、
チロリロリン チロリロリン
と、せいいっぱいの美しい音を奏でてあげました。
女の子はオルゴールを窓辺において、
くる日もくる日も、美しい音色を聞いて過ごしました。
オルゴールは女の子が笑っている時は陽気なふうに、
すこしさみしそうな時は、
とびきりやさしい音を奏でてあげるのでした。
女の子は、時々オルゴールを鳴らすのを忘れる日がありました。
そんな時は決まって、
お父様が遠くのお仕事から帰ってくる日なのでした。
お父様の膝にのってうれしそうにしている女の子を見て、
オルゴールもとてもしあわせな気持ちになりました。
その夏の終わりごろ。
いつものようにオルゴールが、
窓辺で蓋を開けたまま涼んでいると、
どこからともなく小さな鈴虫がやってきました。
鈴虫はオルゴールによじのぼると、
「いつもきれいな曲をありがとう。
あなたの音色をまねして、わたしも歌の練習をしています。」
と、ちょこんとおじぎをしました。
オルゴールはうれしくてなって、
「ありがとう。ありがとう。」
と言いました。
その時、女の子がやってきて、
オルゴールの蓋をパタンと閉めてしまいました。
部屋はもううす暗く、
鈴虫がいることに気がつかなかったのです。
「あ!」
小さな鈴虫は、
真っ暗なオルゴールの中に閉じ込められてしまいました。
「どうしよう、どうしよう。お家に帰れない。」
しくしくと泣き出す鈴虫に、オルゴールはやさしく言うのでした。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
明日になったら、きっと開けてくれるから。それより…。」
そういって2人は、なにやら相談を始めました。
次の日の朝、お仕事に向かうお父様を見送った女の子は、
窓辺のオルゴールを手に取りました。
そしてキチキチとオルゴールのネジを巻き、
パカっと蓋を開けたのです。
箱から流れたのは、オルゴールと鈴虫の二重奏でした。
キラキラとはじけるようなオルゴールの音色と、
すきとおるような鈴虫の歌声を聞いて、
女の子はみるみる笑顔になりました。
そんな日がいく日もいく日も続き、
やがて女の子はひとつ上の学校へ通い始めました。
女の子は帰りが遅くなり、
以前ほどオルゴールを開けてくれなくなりました。
すこし残念でしたが、女の子が元気そうなので、
オルゴールはじゅうぶんしあわせでした。
日曜日の朝、女の子はひさしぶりに窓を開け、
オルゴールのネジを巻こうとしました。
その時です。
いじわるなつむじ風がはげしくカーテンを揺らし、
オルゴールをふりおとしました。
女の子が手を出す間もなく、
オルゴールはがんと床にたたきつけられてしまいました。
パキン
小さく、そんな音がしました。
女の子はびっくりしてすぐにオルゴールを拾い上げ、
ネジをキリキリと巻きました。
久しぶりに蓋を開けられたオルゴールは、
チロリロ ン チロリロ ン
一番すてきな部分の音がひとつ、出なくなっていました。
女の子はすぐにお父様に見せました。
「ラの音の板が、折れてしまったようだね。」
悲しむ女の子を見て、お父様は言いました。
「だいじょうぶ、また買ってあげるから。」
ラの出なくなったオルゴールは、
しばらく戸棚にしまわれていましたが、
お父様とお母様の考えで、バザーに出されることになりました。
にぎやかなバザー会場で、
オルゴールは古くなったぬいぐるみたちと並べられました。
たくさんの人がオルゴールを手にとってはネジを巻き、音を鳴らし、
最後にはがっかりした顔でオルゴールを商品棚に戻すのでした。
日が暮れ始めたころ、
オルゴールはたまらなく悲しくなってしまいました。
「ラの音が出ないオルゴールは、もうオルゴールじゃないんだ。」
ポロリと涙が出るか出ないかのうちに、
オルゴールは力をふりしぼって、
自分で商品棚から転げおちました。
とびだしたオルゴールは、
坂になった芝生をコロコロコロコロと転げおち、
森のしげみにすぽっと飛び込みました。
オルゴールは大きな木にごいんとぶつかって止まり、
やがて暗い夜になりました。
しめった木にもたれかかりながら、
オルゴールは女の子を思い出していました。
するとそこへ、
ちいさなリスがちょろりとやってきて言いました。
「こらまためずらしいお客さんだ。あんたいったいだれなんだい?」
リスは手に持ったドングリを下に置き、
わさわさとオルゴールの体をさわり始めました。
興味津々のリスが強く押したはずみでオルゴールの体がかたむき、
蓋がパカッと開きました。
するとバザーのお客さんが
最後まで聞かなかったために残っていたネジが動き出し、
曲のおわりの部分が鳴りました。
チロチロチロチロピーン
「ヒャッ、おまえさん、すごくきれいな歌声じゃないか。
こんなに宝石みたいな音色は聞いたことがないよ。
もっと歌っておくれよ。」
オルゴールはリスに、ネジの巻き方を教えました。
オルゴールが鳴り始めると、
リスはとびはねて踊り出しました。
「おまえさん、本当に素晴らしいや。
とんでもないお客さんが森へやってきたもんだ。」
と、よろこびました。
オルゴールはすこし申し訳なくなって言いました。
「でも、ラの音が出ないんだ。」
するとリスは、
「ラ?そんなことはどうでもいいさ。
こんなにキラキラ美しいんだから!」
そう言ってパッと木に駆け上がったかと思うと、
なん10匹もの仲間のリスを連れて帰ってきました。
「さあ、もう一度聞かせておくれよ!」
リスはかわるがわるネジを巻き、
オルゴールはリスのために何度も何度も美しい音色を奏でました。
そうするうちに木のそばには、
ウサギやイタチ、アリや蝶など、たくさんの森の仲間が集まり、
やがて音楽会が始まりました。
小鳥たちはオルゴールにあわせて歌い、
リスたちはどんぐりをならしてリズムを取りました。
ざわめく木々が和音を作れば、
良いところでふくろうがホウホウと鳴くのです。
クマが自慢の太い声でオルゴールの音をかき消すと、
オルゴールは思わず大きな声で笑ってしまいました。
オルゴールはすてきな仲間に囲まれれば囲まれるほど、
「ああ、ラの音が出れば、
もっとみんなを楽しませてあげられるのに。」
と、思うのでした。
そうして、ネジ巻き係のリスが
もう一度オルゴールを鳴らした時でした。
チロリロリン チロリロリン
ラの音が出たのです。
オルゴールはびっくりして箱の中を見ました。
やっぱりラの板は折れたままです。
よく見ると、そこにいたのはあの時の小さな鈴虫でした。
「きれいな音が聞こえてきたので、
もしやあなたではと思って来てみたのです。
わたしが、あなたのラの音を出しますよ。」
そう言って、鈴虫はラの出番が来るまで
箱の中に陣取ることとなりました。
オルゴールには、もうなにも怖いものはありませんでした。
ネジをせいいっぱい巻いて高らかに歌い、
鈴虫はラの音だけを出し続けました。
音の取れない小鳥がいれば、
オルゴールがやさしく教えてやりました。
小さな鈴虫が疲れた時は、
大きなキリギリスがラの音をつとめました。
するとみなが「自分がラをやりたい。」と言い出し、
じゃんけんで順番を決める始末です。
オルゴールは、とてもとてもしあわせでした。
やがて夜が終わり、森に朝日がさしこんだ時、
サクサクと足音を立てて誰かが近づいてきました。
オルゴールが見上げると、それはあの女の子でした。
少し見ない間に女の子はちょっと大人びていましたが、
オルゴールを見つけると「あっ」と言ってかけより、
あの時のように
大切に大切に手の中に包みました。
ハンケチで汚れをふいて蓋を開けると、
懐かしい音色が流れます。
壊れたラのところで鈴虫がリーと鳴くと、
女の子は、あははっと笑って、
「おうちにかえろう。」
と言いました。
女の子は、お父様とお母様の考えで捨てられてしまったオルゴールが
どうしても忘れられず、森の中を探し回っていたのでした。
今日もオルゴールは、
女の子の部屋の窓辺で、美しい音色を奏でています。
窓辺には小さな鈴虫が住みつき、
リスやウサギも集まって音楽会をしています。
女の子は毎日窓を開け放っていますが、
またいじわるな風が吹いても落ちないように、
オルゴールのまわりに
しっかりとクッションをすえつけてくれているんだそうです。
おしまい