ふと目をやると、
店の入り口に小さな男の子が立っています。
男の子は口をへの字にむすび、
むっつりした顔で、
ガラスケースのおまんじゅうを見ているのです。
ばあさんは、
「食べるかい?」
といって、まんじゅうをひとつ、さし出しました。
男の子は、目の前のまんじゅうを
ずいぶんにらみつけていましたが、
「ふん」といってまんじゅうをひったくると、
だまってわしわしと食べはじめました。
ばあさんの顔も見ずに、
への字の口でもくもくと。
そして、食べおわると、
礼もいわずにはしってかえってゆきました。
その日の夜、
ばあさんはずっと、
さっきの男の子のことをかんがえていました。
「あの子も、あのまんじゅうを食べられたらねえ。」
やがて、
ばあさんは「ふん」といって立ち上がると、
裏庭の切り株に、
いつものようにまんじゅうをおきました。
そして、台所の扉のかげにかくれ、
すきまからこっそり外をのぞきました。
しばらくすると、切り株のそばに、
するりと小さな生き物があらわれました。
それは、子ギツネのぼうやでした。
ぼうやはなれたように切り株にのると、
小さなお鼻でくんくんとにおいをかぎ、
ばあさんのまんじゅうを大事そうに手にとっていいました。
「ママ、ママ、今日もおまんじゅうあったよ。」
ばあさんが目をこらすと、
くらい森の入り口に、
母ギツネらしきものが立っています。
それはあのまんじゅうのような、
あわくやさしい黄色のキツネでした。
「そう、ではお礼に、
このおまんじゅうをおいておきましょう。」
そういって母ギツネは、
にこにこ顔の黄色いまんじゅうを、切り株にのせました。
ばあさんは、たまらずとび出しました。
「ああ、あのう、そのう、おまえさんかい?
あの黄色いまんじゅうを作ったのは?」
母ギツネは少しおどろいていましたが、
ばあさんにちかづくとしずかにいいました。
「おばあさん、
いつもうちのぼうやに、
おいしいおまんじゅうをありがとうございます。
キツネのにこまるまんじゅうは、お口にあいましたか?」
「にこまるまんじゅうと、いうのだね。
ああ、ああ、とってもおいしかったよ。
あのまんじゅうを食べると、
ふしぎにたのしくなって、わらってしまうんだ。」
母ギツネは「ほほほ」とわらいました。
「キツネのおまじないがかかっていますから。」
ばあさんは、もじもじしながら聞きました。
「…そのう、…じつは、あのまんじゅうを、
食べさせてやりたい子がいるんだが、
作り方を教えてはもらえないだろうか。」
母ギツネは、にっこりわらっていいました。
「もちろんです、ではいっしょに作りましょう。」
ばあさんとキツネの親子は、
台所でまんじゅう作りを始めました。
「まずはいつものように、
おばあさんのおいしいおまんじゅうを作りましょう。」
ばあさんが、
くつくつとじまんのあんこを煮ていると、
母ギツネが粉と水をまぜます。
ぼうやは小さな手で、
生地にあんこをくるくると包んでいきます。
蒸し器の中におまんじゅうがきれいにならぶと、
母ギツネがいいました。
「さあ、ここが大切です。
蒸し上がる前に、ふたのすきまから、
おまじないをとなえてください。」
母ギツネは、
ふたを少しずらして、ゆっくりささやきました。
にっこりにこにこ にこまるまんじゅう
すると、おまんじゅうのひとつに、
ぽんと笑顔がうかび上がりました。
「さ、おばあさんもやってみてください。」
ばあさんはまほうのようなできごとに、
すこしおどろいてしまいました。
「いや…、でも…、わたしには…。」
「だいじょうぶですよ。
食べさせてあげたい人のことをかんがえれば、
だれにでもおまじないはかけられます。」
ばあさんは、店の入り口に立っていた、
むっつりした顔の男の子を思いうかべました。
そして、
ゆっくりとおまじないをとなえました。
にっこりにこにこ にこまるまんじゅう
にっこりにこにこ にこまるまんじゅう
すると、
蒸し器の中のぜんぶのおまんじゅうに、
ぽんぽんぽんと、
笑顔がうかび上がりました。
蒸し器の中は、
ほかほかのにこまるまんじゅうでいっぱいです。
母ギツネは、
「おなかに、にこまるがいれば、
いつでもわらってすごせますから。」
といいました。
キツネの親子がかえると、ばあさんはさっそく、
できたてのにこまるまんじゅうを、
ガラスケースいっぱいにならべました。
すると、ひでじいがやってきて、
にこまるまんじゅうをほおばりました。
「わっはは、こりゃあ、いいな、ばあさん。
みんなにも教えておくよ、ほーっほほほ!」
ひでじいはすぐに、
ももばあとうめばあをつれて来ました。
「あら、ほんと、おいしい、うふふ!」
「いやなことも、
ぜーんぶわすれちゃうわね。ほほほ!」
それから、
ももばあとうめばあのお友だちが、
続いて、
うわさを聞きつけた村の人たちが、
ぞろぞろとやってきました。
にこまるまんじゅうを食べた人は、
だれでもみんなうれしくなって、
お友だちをよんで来るので、
ばあさんのまんじゅう屋は、
あっというまに大行列になりました。
まんじゅうが売りきれそうになったころ、
ばあさんは、あの男の子が道のむこうで、
だまってこっちを見ているのに気づきました。
ばあさんは、
男の子のためにかくしておいたにこまるまんじゅうを、
「たべるかい」といってわたしました。
男の子はやっぱり顔をかえずにうけとると、
わしっと一口かぶりつきました。
すると、
男の子の目がぱっと開き、
顔がぽうっと赤くなりました。
そして、
ほっぺたがぴくぴくっと動いたかと思うと、
口がぱかっと開いて、
「う、う、うまい、うまい。」
と、いいました。
一口、もう一口と食べながら、
「うまいうまい」とこぼれる言葉は、いつしか
「うまああぁーーー。あーーーー。」
という、なき声にかわっていました。
男の子は食いかけのまんじゅうを手にもったまま、
ばあさんのそばでなきつづけました。
村の人たちは、
男の子とばあさんのまわりをかこみ、
男の子はいつまでもいつまでも、
みんなのまん中で、なき続けました。
その日から、ばあさんのまんじゅう屋は、
大にぎわいになりました。
ばあさんのじまんのまんじゅうは、
もう売れのこってしまうことはありません。
じゃあ、キツネのぼうやのぶんは
なくなってしまったのかというと、
そうではないようです。
ばあさんは、
毎日できたてのまんじゅうの中から、
一番よくできたものを4つよけてあるのです。
そして、お店がおわると裏庭の切り株で、
キツネの親子とばあさんと、
そしてあの男の子と4人で、いただいているのです。
おしまい
