ぼくは、夕日の砂漠にたっていた。
砂漠にはなにもなかったが、
一面がオレンジ色にそまりとても美しかった。
やがて夕日から一本の光の道が、
ぼくの足もとにむかってまっすぐにのびてきた。
それは夕日へとつづく、オレンジ色のトンネルだった。
ぼくは、いきたくもいきたくなくもなかったが、
気づくとその坂道に足をふみいれていた。
一歩、また一歩とふみだすごとに、
ぼくの体は少しずつ地面からはなれていった。
夕日の道は、砂漠の砂のようにあたたかくここちよかった。
ぼくは少しだけ砂漠をなごりおしく感じながら、歩きつづけた。
10メートルほどの高さになると、
地面にいる時は知らなかった美しいものが
たくさん見えはじめた。
砂漠のむこうには、花畑があった。
花畑のむこうには、湖があった。
湖のほとりには、だれかのたてた小屋も見えた。
砂漠でいちばん背の高いサボテンの上にたち、
てっぺんに咲く花を見おろした時、ぼくは
「ようし、世界でいちばん美しい花を見つけてやろう。」
と思ったんだ。
それからぼくは、夕日の道を夢中でのぼった。
高くのぼればのぼるほど、遠くの景色が見えた。
見たこともない植物や生きものとであうたび、
ぼくのこころはワクワクとおどった。
ぼくはたしかに、
自分がいちばん高いところにいるような気がしていたんだ。
ある時、るり色の鳥がぼくに話しかけてきた。
「どこへいくんですか?」
「ぼくは、世界でいちばん美しい花を探しにいく。」
すると鳥はいった。
「それはぐうぜん。わたしもです。」
ぼくらはすっかり意気投合し、いっしょに花を探すことにした。
鳥はものしりで、
その花は砂漠の果てにあるらしいとおしえてくれた。
ぼくらは一日中、花のことを話しあい、
休まずに砂漠の上をつき進んだ。
やがてたどりついた砂漠の果てには、
切りたった茶色い山々と森がつづいていた。
ぼくらはこうふんして、
「どちらが先に花を見つけるか、競争しよう。」
といって、ふたてにわかれた。
その時だった。
むきだしの山肌から急降下したどう猛なタカが、
るり色の鳥をむざんに食いちぎった。
ギギッという声だけがして、
鳥はあとかたもなく消えさった。
ひとり残されたぼくは息もできずに、
鳥のいた場所に、今なにもいないことを見つづけていた。
その時ぼくははじめて、
自分のいる場所がこわいと思ったんだ。
もういいや、ぼくは世界をじゅうぶんに見た、
そう思って引きかえそうとした。
夕日の道をすべりおりようとしたが、
道は意外にもざらざらしてすべらなかった。
歩いておりようとしたが、
まるで透明のかべがあるみたいに、あともどりができなかった。
ぼくはもともといくつもりなんかなかったのに、
ただ道があったから歩きだしただけなのに。
だけど夕日はそんなぼくのことを知らん顔で、
どんどん地平線に沈んでいった。
トンネルの天井が少しずつさがりはじめ、
立っていられなくなった。
ぼくはおしつぶされないよう、
手をついて必死にはいあがらなければいけなかった。
やがて道はもとの高さに戻ったが、
ぼくはもう花を探すのをやめた。
なにものぞまず、ただただ道を歩いた。
30メートルほどの高さになり、ジャングルの上を歩いている時、
どこからともなく声が聞こえた。
「ちょっと、ちょっと。」
見まわすとジャングルの背の高い木のてっぺんに、
小さなサルがくっついていた。
サルはずけずけといった。
「おりられないのよ、たすけてちょうだい。」
ぼくはサルの手をとって、夕日の道にひっぱりあげた。
「ああ、こわかった。ありがとう。
あら、あんたいい男じゃないの。
あたしったらやっぱり運がいいわ。」
ぼくはひさしぶりに、小さくわらった。
「わたしね、木のてっぺんに咲いている花を見ようと思ったの。そしたら、おり方がわからなくなっちゃったってワケ。あの木は、私のおきにいりなのよ。いつも赤い実がたっぷりついて、そりゃあもうおいしいんだから。下から3番目の枝は、おひるねにもってこいよ。おっこちないように体をツルにしばりつけておきさえすればね、アハハハハハ。」
次から次へと、よくしゃべるサルだった。
でもこのサルの話を聞いていると、
ぼくはふしぎとこわいきもちがどこかへふきとんだんだ。
それからサルとぼくは、
いっしょに夕日の道を歩きはじめた。
横にならんでのろのろと、
たあいもない話をして一日をすごした。
サルはエサとりや毛づくろいのコツを教えてくれた。
正直ぼくには興味のない話も多かったし、
でもぼくが上の空になるとむくれるので、
少しめんどうなところもあるサルだった。
同じような日が、いく日もいく日もつづいた。
ぼくはその毎日がとてもここちよく、
そして少しだけ不安だった。
ある時、ぼくはサルに聞いたんだ。
「ジャングルには、もうもどれなくていいのかい?」
するとサルは、あっけらかんとしていったんだ。
「いいじゃない。だってあんたといると、たのしいんだもの。」
ぼくらはもう、ずいぶん高くまでのぼっていて、
地面よりも夕日の方が近いみたいだった。
もといた砂漠やジャングルは見えず、
山も川もまるで地図みたいに小さく見えた。
でもぼくはもう、そんなにこわいと思わなくなったんだ。
「さあて、世界でいちばん美しい花はどこにあるのかしらね。」
とサルは、今日もわらっていった。
それから少しして、サルはぱたりと動かなくなった。
ぼくは夕日の道でひざをつき、
ただひとり、だらだらだらだらと涙をながした。
このまま夕日が沈み、
道がなくなってもいいのだと思った。
サルの小さな体をふところに入れて長いことうずくまった後で、
ぼくは夕日の道を見あげ、
「いこう。」
と決めたんだ。
サルの小さな体はそれっきり動かなかったけれど、
ぼくのふところはずっとずっとあたたかかった。
そしてぼくはとうとう道をのぼりきり、夕日にたどりついた。
まっ赤な夕日には
ぽっかりと穴があいていて、
その中に赤く虹色にきらめく大きな花が咲いていた。
ぼくはとうとう、世界でいちばん美しい花を見つけたんだ。
そしてぼくは静かに、夕日へ足をふみいれた。