あるところにサッチという女の子がおりました。
サッチはおとうさんとおかあさんと3人ぐらし、
なだらかな丘の上にたつ、赤いやねのおうちにすんでいます。
サッチのおうちはとっても日当たりがいいので、
お昼になるといつもおかあさんとふたり、
お庭のベンチでごはんを食べます。
きょうは豆ややさいを赤くにこんで、パンにはさんだサンドイッチ、
サッチの大好物です。
「きょうもお天気で、うれしいわねえ。」
おかあさんがいいました。
ぽかぽかとしたベンチにすわっていると、
サッチはおひさまにだっこされている気がするんです。
サッチが手についた赤いスープをエプロンでふいていると、
友だちのノブがやってきました。
ノブはかきねの外でぴょんぴょんとはねながら、
「サッチ、あそぼう。」
といいました。
庭に入ってきたノブを見ると、おかあさんはおどろいていいました。
「あら、ズボンがびしょびしょじゃないの。」
するとノブはこたえました。
「うん。おうちのほう、雨がふっていたから。」
ノブのズボンはたしかにひざまでぬれて、まっ黒になっています。
おかあさんは、
「じゃあ、ゆっくりしていきなさい。」
といって、ノブにかえのズボンをはかせ、
ぬれたズボンをおひさまにあててやりました。
ノブのおうちは、サッチのいえの丘をおりたところにある、
通りのむこうがわです。
「雨なんか、ふっていたかしら?」
サッチはふしぎに思いました。
「サッチのおうちは、いっつもはれているよね。」
と、ノブがいいました。
その夜のこと、サッチは晩ごはんの白いシチューを食べながら、
おかあさんにききました。
「おかあさん、ノブのおうちは雨がふっていたって。
きょうはずっとはれていたよねえ。」
すると、おかあさんはいいました。
「そうなの、サッチのおうちはいつもはれているのよ。」
「でも雨がふったこともあるでしょう?」
「思い出してみて、それはおかいものに行ったり、
あそびに行ったりしたときだったわよね。」
サッチは「そうだったかしら。」と思いながら、ききました。
「サッチのおうちには、雨がふらないの?」
すると、
おかあさんはシチューのスプーンをお皿において、こういいました。
「それはね、サッチのおうちが、
ちょうどお空の切れめの下にあるからよ。
雨ぐもは切れめを通れないから、おうちの前でもどって行っちゃうの。
だからサッチのおうちには、雨がふったことがないでしょう?
とてもしあわせなことよね。」
次の日、サッチはお庭の白いベンチで足をぶらぶらさせながら、
おかあさんのいったことをかんがえていました。
空を見あげてみますが、切れめなんてどこにもなさそうです。
きょうもおひさまはキラキラとまぶしく、
サッチが長く見ていられないほどでした。
その時です。
ザアァァァァァァ
と、どこかで音がしました。
サッチはベンチの上によじのぼり、
せのびをしてかきねの向こうをのぞいてみました。
すると丘のふもとの通りのあたりに、
くらい雨がバシャバシャとふっているではありませんか。
「雨だ!雨がふってる!」
サッチの庭ははれたままですが、
丘のふもとには、大雨がふっているのです。
するとはげしい雨しぶきの中から、
ノブとミドリとヒロがびしょぬれではしってくるのが見えました。
サッチは思わず大きな声でいいました。
「おぉーい!こっちこっち!」
「サッチ!」
3人はサッチのいえの丘を、バチャバチャとかけあがります。
雨ぐもは3人のすぐうしろまでせまり、
まるで追いかけるように丘をのぼってきます。
3人はわぁっと声を上げて、サッチのいえの庭にかけこみました。
と、同時に雨ぐもはかきねの外でピタッととまり、
それ以上お庭にははいってこないのでした。
「サッチのおうちはすごいね。いつもはれているね。」
みんなは、大よろこびです。
ところが、サッチはベンチからおりるのもわすれて、
かきねのすぐ外でサァサァとふりつづいている雨を見ているのでした。
次の日曜日、サッチはすてきなことを思いつき、
おとうさんにお庭のベンチをあと3つこしらえてほしいとたのみました。
おとうさんはふしぎそうな顔をしていましたが、
すぐにトンカントンカン、
すてきなベンチをこしらえてくれました。
サッチもお手伝いをして、ひとつは青の、もうひとつは緑の、
さいごはピンクのペンキでぬりあげました。
そしてのこった板に、赤いペンキを使って、
あまやどりじょ ごじゆうに
と書き、庭の入り口にかけておきました。
次の日、サッチは白いベンチにこしかけて、
ドキドキしながら誰かがくるのを待っていました。
ですが、その日はとてもよいお天気で、
あまやどりじょにはだれもきませんでした。
それから一週間ほどたったある日のこと。
サッチがいつものように白いベンチにこしかけていると、
ザァーーッという音がして、どこかで雨がふりはじめました。
すると「サッチ~。」という声がして、
公園で遊んでいたノブとミドリとヒロ、
そしてノブに話を聞いた町の子どもたちが、ぞろぞろとやってきました。
サッチはぬれた子どもたちをよろこんでむかえいれ、
おかあさんは焼きたてのクッキーと温かいミルクをふるまいました。
「本当におひさまが出ているね。」
「すごいね、サッチ。」
子どもたちは白いベンチのまわりでおしゃべりをして、
雨がやむまで楽しくすごしました。
その次の雨の日、
また子どもたちがあまやどりじょに集まっていると、
今度は子どもたちからうわさをきいた、
おかあさんたちがやってきました。
おかあさんたちは青いベンチに集まって、おしゃべりをしたり、
かわかなかったせんたくものをほしたりして、にぎやかにすごしました。
この日はノブやミドリのおかあさんが
クッキーやパウンドをもってきてくれたので、
サッチのおかあさんも、みんなとのおしゃべりをぞんぶんにたのしみました。
その次の雨の日は、
まちのおじいちゃんおばあちゃんたちがくわわりました。
緑のベンチにあつまってすわり、
「あたたかいねえ。」と、ニコニコうれしそうです。
おじいちゃんたちは
子どもたちの知らないことをたくさんはなしてきかせ、
おばあちゃんたちは
じまんのジャムやさとう漬けをふるまってくれました。
サッチはハンナおばあちゃんの、
あまくてすっぱいスモモのジャムが、一番のお気に入りです。
そのまた次の雨の日には、
大通りの商店街のみんなが、仕事を中断してやってきました。
なぜって雨がふるとみんなあまやどりじょにあつまるので、
商店街はもぬけのからになってしまうからです。
パン屋のおじさんは、
ピンクのベンチいっぱいに焼きたてのパンをひろげます。
大工のショーは腕をふるって、
大きなテーブルときもちよくゆれるイス、
子どもたちのためのブランコをあっという間にこしらえてくれました。
みんなあまやどりじょが楽しくて、さいきんはもう
「早くあめがふらないかなあ。」
と、心待ちにするようになっていました。
そんなことが続いたある雨の日のこと、
サッチはここのところハンナおばあちゃんが、
あまやどりじょにきていないことに気づきました。
おばあちゃんはひとりぐらしで、
体の調子がわるくおうちを出られないのだそうです。
サッチはみんなからもらったパンやらジャムやらをもって、
おばちゃんのいえにおみまいにでかけることにしました。
ハンナおばあちゃんのいえは
通りの商店街から右にまがって、細い道を歩いた山の手前にありました。
道は、すすむごとにどんよりとうすぐらくなり、
おばあちゃんのいえのまわりには、
しとしとと冷たい雨がふっていました。
雨がずいぶん長いのか、
家のかべは、黒く暗く、じっとりとぬれています。
サッチはしめったドアを、とんとんとたたきました。
「こんにちは、おばあちゃん。お体はいかがですか?」
ハンナおばあちゃんは、ベッドに横になっていました。
「おやおや、サッチ。
わざわざこんなところまできてくれたのかい?
おみやげもこんなにたくさんだ。ありがとうね。」
おばあちゃんはよわよわしい声で、
でもほんとうにうれしそうにいいました。
サッチはうすぐらくしめった部屋の中を見て、ききました。
「おばあちゃんのおうちは、
いつもこんなに雨がふっているの?」
「そうよ。おばあちゃんのいえは山の手前にあるからね、
雨ぐもが山にぶつかってたまってしまうの。
そのおかげで10日のうち9日はあめがふっているのよ。
だからサッチのあたたかいお庭にあそびにいくのを、
とってもたのしみにしていたの。」
おばあちゃんは続けていいました。
「さ、かぜをひかないうちに、早くおうちへおかえり。」
サッチはいわれるままに、おばあちゃんのいえをあとにしました。
なんだかサッチの心の中にも、
どんよりとした雨ぐもが、広がったようでした。
それからサッチは、
あまやどりがおわるとみんなのおみやげを持って、
おばあちゃんのいえにあそびに行くようになりました。
サッチのいえははれているのに、
おばあちゃんのいえはいつだって雨がふっていました。
サッチはおばあちゃんのベッドのそばにすわり、
きょうあまやどりじょできいた話を、ぜんぶ話してあげるのでした。
するとそんなサッチを見て、ノブが、ミドリが、ヒロが、
そして町の人が、かわるがわるついてくるようになりました。
パン屋は焼きたてのパンを持って、
花屋は一番明るい色の花を持ってやってきました。
おかあさんたちはほうきとちりとりをもっておそうじを、
子どもたちは小さな手でかたをもんであげました。
中でも一番かつやくしたのは、その日ぐらしの大道芸人でした。
町でおきたできごとを、それはもうおもしろおかしく話すので、
おばあちゃんのいえは笑い声でいっぱいになりました。
そんなときおばあちゃんは、
「ああ、笑いすぎておなかがいたいよ。」
といって、涙をうかべるのでした。
ある日のかえり道、
サッチはまたすてきなことを思いつきました。
大工のショーにこっそり教えると、ショーはポンとむねをたたいて、
「まかせとけ。」
といいました。
次の日、商店街には木で作ったこんな看板が立っていました。
せっけいず
いえのまえに、やねをつくってください
ざいりょう → すきなもの
よこはば → 1メートル
その日から、町をあげての大工事がはじまりました。
「うちは、なにでつくろうかしら?」
「おい!もっとがんじょうなものはないのか?」
みんな大さわぎ、でもなんだかうれしそうです。
そうしてできあがったのは、
ハンナおばあちゃんのいえから商店街を通って、
サッチのいえの庭まで続く、細くて長いやねのみちでした。
みんないえにあるものでつくったので、
大工のいえの前はりっぱな木で、
石屋の前はがんじょうな石でできていました。
花屋の前は花たばをつつむセロファンで、
学校の前はつかわなくなった黒板で、
パン屋の前は大きなパンで…といいたいところですが、
小麦粉の入っていた大きな袋でできていました。
だってパンはぬれると、とけてしまいますからね。
そんなわけで、ちょっとつぎはぎですが、
色とりどりのやねのみちがかんせいしました。
「ようし、さいごのしあげだ。」
大工のショーはそういうと、おばあちゃんのベッドのあしに、
自転車屋の持ってきた古い車りんを4つとりつけました。
「せーの!」
みんなで力をこめると、
おばあちゃんをのせたベッドはゴロゴロと音をたてて動き出します。
ベッドはみんなのつくった七色のやねの下をとおりぬけ、
とうとうおひさまのふりそそぐサッチのいえの庭に到着しました。
おばあちゃんはおひさまの光を体いっぱいにあびて、
「ありがとう、ありがとう。」
と、くりかえしくりかえしいいました。
そうやって何日もすごすうちに、
おばあちゃんのほほには赤みがさし、
体はどんどん元気になってゆきました。
いまではもう、ゆっくりですが自分で歩いて、
サッチの庭にあそびにこれるのです。
きょうもお庭には、おひさまがぽかぽかとふりそそいでいます。
サッチはというと、
焼きたてのパンにおばあちゃん自慢のスモモのジャムをたっぷりつけて、
ぱっくりぱっくりほおばっています。
あ、見てください。
サッチが、またなにかすてきなことを思いついたみたいですよ?
おしまい